失われた町(三崎亜記)の書評

町が失われる瞬間

一つの町が世界から消滅するという現実ではありえない事が起きます。しかも、その消滅に悲しんだ者は町に汚染されてしまって、消滅の余波は広がってしまうのです。そこで国家は町の消滅が広がらないために、あらゆる手段を講じていくので、この小説を知らない方のために、ネタをバラさないようにストーリーや見所などを紹介しましょう。

「失われた町」のストーリー

人が見つからない町

成和35年に『月ヶ瀬』という町が消滅してしまって、月ヶ瀬に住んでいる住民だけが、この世から突然姿を消してしまいました。国家は町の消滅の余波が広がらないように、町に住んでいた者たちが姿を消した事について、悲しむ事を禁じていたのです。

そのため国家は、失われた町について悲しみが広がらないように、失われた町に関係する物を全て消滅させる事を国民に義務付けていました。その義務を負うものが『国選回収員』に選ばれた者で、失われた町に関係する物を回収しなくてはいけませんでした。

国選回収員に選ばれる者は、失われた町に関係しない者でした。なぜなら関係する者であれば、町が失われた事について悲しむ事が予想されたからです。茜という女性は、そんな国選回収員に選ばれてしまって、失われた町に関係する物を回収していきます。

茜は中西という男性と知り合って、中西は茜と出会った事から休業中だったペンションを再開する事になります。そして、この町の消滅に関わる多くの者たちが、このペンションで様々な出会いや貴重な思い出を作っていくのです。そして、この時代に生きる者たちは町の消滅を防ぐ方法を知らないなかで、町の消滅と向き合う事になります。

「失われた町」から伝わる事

国家ぐるみで実験

町が失われる時代に生きる者たちの戦う相手は、町だけではありませんでした。町に関わる者は汚染された者として、周囲の人間に蔑まれてしまうのです。つまり、この時代に生きる者たちの敵は、町だけではなく偏見を持った同じ人間たちでもあったのです。

国家は失われようとする町を特定しようとしたら、消滅が広がらないように様々な実験を行おうとして、人権が軽視されるような事も平然と行われてしまいます。

この小説から伝わってくる事は、人間は我が身を守るためであれば、同じ人間を軽蔑して避けようとする事です。そして平時では治安が維持されて人心も乱れる事はありませんが、平時ではなくなった時に治安や人心は簡単に乱れてしまう事がわかります。

「失われた町」の見所

伝染病の菌

失われた町を最初に読み始めた時は、実際に起こり得ない事に立ち向かっていく人間たちを描いた小説と思っていました。所が、それだけではなくて危険を回避するためには同じ人間を蔑んでしまう弱い心と仲間たちを救おうとする強い心を見事に描ききっています。

そのため失われた町は、言い換えれば伝染病に近い所があります。なぜなら関わった者は汚染されてしまって、その者に関わったら自分も汚染されてしまうのでないかと避けようとするからです。

そのため、この世に全く関係のない事ばかりが起きていく訳ではないので、SFに興味がない方でも読み応えのある小説と言えるでしょう。

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