コシャマイン記(第3回芥川賞 受賞)の書評!アイヌ民族との激闘

アイヌの雪山

昭和11年上半期の第3回芥川賞の受賞作『コシャマイン記』は、鶴田知也先生の小説で、大和民族とアイヌ民族の激闘が書かれています。そこで、この小説を知らない方のために、あまりネタをバラさないようにストーリーや見所などを紹介するので、参考にしてみて下さい。

『コシャマイン記』のストーリー

アイヌの道具

アイヌのセタナの酋長(部族の長)『タケナシ』は、6つの部族を率いて決起しますが、大和(日本)の武将『蠣崎義広(カキザキヨシヒロ)』の策略に騙されて、命を落としてしまいます。その7年後には、酋長のタリコナが、蠣崎の館に迫りますが、またしても蠣崎義広の策略に騙されて、命を落とすのです。

それから、二人の日本人が神聖なヌササンを冒(おか)した時に、酋長ヘナウケが二人も討ちます。これに怒った大和が大軍を差し向けたので、ヘナウケは多くの部落に援軍を頼みますが、断れてしまいます。ヘナウケは妻『シラリカ』や息子『コシャマイン』に落ちのびるようにさとします。

妻子が落ちのびている間に、ヘナウケは大和と激しい戦いを展開する事になりますが、多勢に無勢で二度と帰らぬ人となりました。さらに大和は、ヘナウケの血縁者を60名も処罰します。そのため、シラリカは幼いコシャマインを育てながら、大和の追っ手から逃げる事になります。

しかし、コシャマインを狙っていたのは大和民族だけではなく、同じアイヌ民族も狙ってきたのです。なぜならアイヌ民族は一枚岩ではなかったので、様々な考えを持つ者がいたからです。コシャマインの忠臣『キロロアン』は、同じアイヌ民族のイワナイの追っ手から主君を逃すために、命をかけて奮戦します。

そのような苦労続きのコシャマインでしたが、ようやく庇護(ひご)してくれる『イトコイ』と巡り合う事になります。イトコイはコシャマインの隠れ家を用意してくれるだけではなく、自分の末娘『ムビナ』を嫁がせてくれたのです。それからコシャマインは妻子と共に平和な毎日を送るようになりましたが、ある時に大和民族同士のいさかいを知る事になります。コシャマインは、親方から命からがら逃げのびてきた日本人をかくまおうとしましたが、命を落としてしまいます。

この者は病気になっていましたが、親方は病気であるにも関わらず、こきつかっていたのです。それに納得できないコシャマインでしたが、その親方たちに巡り合う事になります。コシャマインは、その経緯を説明したら、そのような事になった事について予想していなかった親方たちは、コシャマインに日本のお酒をふるまおうとします。コシャマインの母や妻は、日本人の元を尋ねようとするコシャマインを心配しますが、はたしてコシャマインは日本人と手を携える事ができるのでしょうか?

『コシャマイン記』から伝わる事

日本の国旗
現代の日本は世界でも珍しいほどの単一民族に近い国家になっていますが、昔は大和民族とアイヌ民族の間で激しい戦が何回も行われました。このコシャマイン記は戦国時代の話ですが、江戸時代でも『シャクシャインの戦い』が行われた事もありました。

今では日本人という言い方になっていますが、当時の日本人は大和民族という言い方をしていて、厳密に日本は大和民族だけの国土ではありませんでした。そのためコシャマイン記は、私たち日本人に『日本』という国家ができるまでには多くの争いや戦があった事を教えてくれます。

『コシャマイン記』の見所

アイヌの滝
アイヌ民族は大自然を愛する民族のようなイメージがありますが、コシャマイン記では、大和民族と同じように、同族でも争い合う事が書かれています。実際にコシャマインは部族の醜い争いや大和の追っ手から逃れながら、たくましく成長していくので、その厳しい過程が、この小説の大きな見所となっています。

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