『三国志スリーキングダム 第47話』周瑜と呂蒙が遺恨を残す

周瑜たち呉軍が、南郡を攻めあぐねていましたが、ようやく曹仁を撃破したかと思ったら、諸葛亮はその隙をついて漁夫の利を得ようとします。その事により、周瑜と劉備は一触即発になりますが、そこへ孫権の思惑もからんで、状況は複雑なものになり、大きな遺恨を残す事になるので、詳しく紹介しましょう。

『第47話 智略で南郡を取る』のキャスト

南郡を巡って、多くの勢力がいがみ合う『第47話 智略で南郡を取る』に登場した人物や声優さんたちは、以下の通りです。

  • 曹仁(魏)/奮戦した曹仁を褒める丞相(声:手塚秀彰)
  • 荀彧(魏)/南方の情勢を見る軍師(声:星野充昭)
  • 曹仁(魏)/南郡を死守しようとする将軍(声:手塚秀彰)
  • 曹洪(魏)/曹丕と共に奮戦する将軍(声:高山春夫)
  • 孫権(呉)/劉備の行為に激怒する江東の君主(声:咲野俊介)
  • 魯粛(呉)/荊州の情勢を報告する文官(声:岩崎ひろし)
  • 周瑜(呉)/南郡を攻めあぐねる呉の大都督(声:小山力也)
  • 呂蒙(呉)/趙雲に怒りを募らせる将軍(声:成田剣)
  • 程普(呉)/周瑜を救出する老将(声:里卓哉)
  • 劉備(江夏)/南郡を攻め取る事に戸惑う皇叔(声:家中宏)
  • 諸葛亮(江夏)/趙雲に出撃を命じる軍師(声:堀内賢雄)
  • 張飛(江夏)/劉備に従う将軍(声:天田益男)
  • 趙雲(江夏)/南郡へ出撃する将軍(声:遊佐浩二)

『第47話 智略で南郡を取る』のストーリー

曹仁が南郡を捨てて撤退していくので、周瑜は南郡の城に入っていきますが、そこは妙に静かでした。周瑜は「どうやら待ち伏せにあったようだな」と全てを悟り、呂蒙に静かに撤退するように命令して、ゆっくりと退いていったら、城内に潜んでいた魏軍が一斉に火矢を放ってきたのです。

周瑜をかばって呂蒙が兵を撤退(起)

城内では、呉軍がふいうちをくらって混乱している間に、敵軍の矢が周瑜の体に刺さってしまいます。そこへ魏の牛金が突撃してきて、外からは曹仁が兵を戻して「周瑜は怪我をしている、捕らえるのだ」と突撃してきました。

呉軍は挟み撃ちにあいますが、そこへ呉の程普が兵を引き連れて城に攻め込んできて、その間に呂蒙はなんとか周瑜をかばいながら兵を退かせます。しかし、矢には毒が塗られていて、医師は「怒りは禁物です」と養生するように忠告。

しかし、陣の外では曹仁が呉軍を挑発してきて、誇り高き周瑜は、その屈辱に耐えられず怒りを募らせていく事になるのです。

周瑜の一計(承)

曹仁の挑発は連日続いてしまい、ついに我慢できなくなった周瑜は、鎧をまとい出陣します。しかし、曹仁からの罵詈雑言に我慢できず怒ってしまい、周瑜は血を吐いて落馬してしまうのです。それに呂蒙たちは「大都督!」と周瑜の身を起こそうとしますが、周瑜は「私が死んだように嘆くのだ、それを曹仁に分からせるのだ」と言います。

それに呉の諸将たちは言われた通りに嘆き始めて、それを魏の曹洪は「呉軍が嘆いているようです。周瑜は死んだのでは?」と曹仁に語りかけて「あれしきの事で怒るとは、周瑜とは何と度量の狭い男だ」とあざけ笑います。

劉備と諸葛亮のもとには、兵から「城に潜んで魏軍によって周瑜が死んで、呉は喪に服しているもようです」と報告がきました。これに劉備は唖然としますが、諸葛亮は「これは周瑜の一計でしょう」と見破ります。そして、諸葛亮はこれを機に、南郡を取るように劉備へ進言するのです。

呉と荊州で遺恨を残す(転)

劉備は「呉軍が多大な犠牲を払っている間に城を攻め取る事は仁義にもとる」と言いますが、諸葛亮は「周瑜に仁義を語る資格はありませぬ」と言ってしまい、劉備は諸葛亮に全てを任せます。

その頃、曹仁は、周瑜が死んだものと思って、夜陰に乗じて呉の陣営へ突撃していきます。所が、陣はもぬけの空で、曹洪は「これは敵の罠です」と言って、曹仁は驚いて撤退していきました。しかし、それを見ていた呉の呂蒙は「どうやら曹仁はほとんどの兵を連れてきたようです」と報告。

周瑜は「南郡の城はもぬけの空のようだな」とほくそ笑みます。 そして、呉軍は南郡の城へ攻め込みますが、そこはすでに趙雲が城を占拠していました。それに激怒する周瑜ですが、趙雲は「お言葉がすぎる。城を攻め取れない時は、そちらの好きなようにしていいと言ったではありませぬか」と言い放ったのです。

呂蒙を怒らせた大きなツケ(結)

呂蒙は周瑜に「私が南郡を攻め落とします」と願い出ますが、周瑜は怒りに燃えて血はき出してしまい「我が方は戦力が足りぬ」と言って、呂蒙はここでも周瑜をかばいながら引きあげけていきます。それを趙雲は城門の上から、呉軍を見下すようにみつめていましたが、これが原因で呂蒙の怒りを買って、大きな代償を支払う事になるのです。

魏では、曹仁から敗戦を恥じて処罰を願い出る書状が曹操に届きますが「曹仁はよく奮戦した。呉軍を苦しめて劉備に城を3つもやった」と言って、これにより呉と荊州(劉備)がいがみあうだろうと、曹操と荀彧はほくそ笑みます。南方では劉備が、次々に荊州の城を取り襄陽に入城しました。

しかし仁義にもとる行為を働いてしまい、劉備はどうしたものかと頭を悩ませます。その頃、呉では孫権が「仁義を自負しておるくせに劉備め」と怒りをつのらせます。しかし、孫権は大局を見て周瑜を退きあげさせようとしますが「周瑜は私の言う事はきくまい」と頭を悩ませますが、荊州の情勢はどうなってしまうのでしょうか?

答えを知りたい方はネタバレをクリック

答えは、魯粛が「私に周瑜が引きあげざるをえない一計があるのですが、受け入れいるかどうか」と孫権に申し上げて、計略によって周瑜を東呉へ退かせようとします。

『第47話 智略で南郡を取る』のまとめ

動画配信U-NEXTで配信されている『第47話 智略で南郡を取る』を見た感想を紹介するので、参考にしてみて下さい。

三国志の名言『逸を以て労を待つ』

呂蒙が「南郡を攻めとります」と願い出た時に、周瑜が「逸を以て労を待つ」と言いました。これは、中国の戦国時代の武将『孫武』が書いた孫子の兵法書にある言葉です。その意味は、味方の鋭気を養って、敵が疲れるまで待つ事を意味します。

その言葉どおりに、諸葛亮は呉軍と魏軍が戦いあって疲れた所で、城を攻めとったので、まさに逸を以て労を待つという言葉通りの軍略でしょう。

『第47話 智略で南郡を取る』の残念な所

第47話ほど、呉のファンにとって屈辱的な話はないでしょう。しかし、このように仁義にもとる行為を働いて、ただで済む訳がありません。劉備は、この後になって嫌というほどの大きな代償を支払っていきます。

そのあまりの大き過ぎる代償の前に、呉軍をほくそ笑んだ諸葛亮や、呉軍を見下した趙雲は嘆き悲しむ事になるのです。そのため、第47話は呉のファンにとって頭にくる内容ではありますが、陸遜の登場までの辛抱と思って、見ておく価値はあります。しかし頭にくる内容である事に代わりはないので、残念な所ではあります。

『第47話 智略で南郡を取る』の見所

第47話の見所としては、放浪を続けていた劉備が、ようやく荊州という地盤を築く事ができたので、感無量と言える内容になっています。そして、赤壁で大敗した曹操が、孫権と劉備が争う事になるのをほくそ笑みます。

そして、この第47話では、呉と荊州(劉備)の間で遺恨を残すだけではなく、荊州から手を退かせようとする孫権と、荊州を諦めきれない周瑜と呂蒙の間でも遺恨を残す事になっていくのです。

もちろん、それは第48話以降になっていきますが、この事によって第47話は、魏と呉・呉と荊州・孫権と周瑜や呂蒙などの間で遺恨を残すのです。これによって、三国はますますいがみあうようになって、物語としては盛り上がっていく事になります。

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