映画『関ヶ原』三成と家康の違いとは?

三成は不義を働く家康に負ける訳にはいかないと考えて、東西から挟み撃ちにしようとします。しかし正義が必ず勝つとは限らないのが、世の常。不義を働いていた家康は、優れた軍事的才能を活かして三成を追い詰めていきます(ネタバレなし)。

『関ヶ原』のキャスト

関ヶ原の合戦

引用:http://eiga.com/movie/85453/gallery/5/

日本の歴史映画『関ヶ原』は、2017年8月26日に日本で上映されました。DVDの収録時間は149分になります。

  • 監督:原田眞人
  • 脚本:原田眞人
  • 原作:司馬遼太郎

様々な役者さんが、歴史上の人物を演じていましたが、ミスキャストと言わざるを得ない方から、適役な方までいました。そこで、私が抱いた満足度と共に役者さんたちの演技について紹介します。

石田三成(演:岡田准一)満足度60%

岡田准一さんは大河ドラマで黒田官兵衛を演じた事がありますが、その演技とほとんど同じでした。それは冷静に喋りながら、感情的になった時は爆発的な怒りを見せるという演技でした。

黒田官兵衛というのは、意外と性格はあまり知られていないので、あまり違和感はなかったのですが、さすがに石田三成の時はそうはいきません。石田三成はそれほど怒りを爆発させるようなイメージ像がないから、少し違和感を抱くような演技になっています。

徳川家康(演:役所広司)満足度40%

こんな事を言っても仕方ないのですが、役所広司さんでは徳川家康の顔だちと大きく異なるので、これだけでも「それはミスキャストではないか?」と思ってしまいました。

そして家康が太り気味になっている所を表すシーンでお腹を出す所がありましたが、お腹が太っているのに顔があまり太っていない所があったので、そこはしっかりと顔を太らせて欲しかったですね。

豊臣秀吉(演:滝藤賢一)満足度95%

滝藤賢一さんは、猿と侮られていた秀吉像を見事に表していて、まさにハマり役という感じでした。そして晩年の秀吉を見事に表していて、秀頼の事しか考えられなくなっていく哀れな姿が出ていて、良かったですね。

北政所(演:キムラ緑子)満足度15%

この映画で最もミスキャストだと思ったのが、キムラ緑子さんが演じる北政所でした。しかし、これはキムラ緑子さんが悪いという訳ではなくて、あまりにも脚色しすぎた所が響いています。

武士の妻なのに、公家のような姿になっていたり、良妻賢母というイメージが強いのに淀君に強く嫉妬している愚かな妻である事を強調しすぎているのです。これは少しいただけないなと思いましたね。

直江兼続(演:松山ケンイチ)満足度75%

松山ケンイチさんが、少し自信たっぷりに構える直江兼続を演じていましたが、少し武士という重みのある演技という訳でありませんでした。少し迫力に欠ける所はありましたが、今までにない直江兼続像を表していて、面白みがある演技でした。

初芽(演:有村架純)満足度60%

有村架純さんが、三成に淡い恋心を抱く忍を演じますが、関ヶ原というタイトルの映画で必要のある登場人物だったのかなと思いました。もう少し戦に焦点を当てて欲しかったです。そして有村架純さんの喋り方が少し棒読みの所が多かったです。

有村架純さんは可愛い女優さんで好きな方ですが、やはり時代劇はまだ慣れていなかったように見えます。そのため、これから時代劇を何回か出演するようになれば変わるかなと期待したいです。

島左近(演:平岳大)満足度100%

今回の映画で最もハマり役だと思ったのが、平岳大さんが演じる島左近でした。石田三成の片腕として、猛々しい武者を見事に熱演していて、この方がいなかったら、この映画の魅力は半減していたかもしれないという存在感でした。

小早川秀秋(演:東出昌大)満足度90%

東出昌大さんは背の高い方なので、今までの小早川秀秋のイメージとは異なる武士像でした。所が、小早川秀秋の未熟な性格を見事に表していて、この辺りは東出昌大さんの演技力のたまものと言う感じがしましたね。

『関ヶ原』のストーリー

徳川家康の咆哮

引用:http://eiga.com/movie/85453/gallery/5/

石田三成が若き頃に、秀吉にお茶を差し出した時に、その心配りに感心されて、家臣として取り立てられます。 それから月日は流れて、秀吉は年老いて、家康が今まで隠し続けていた牙をむき出しにしてきたのです。

豊臣を弱体化させた秀次事件(起)

豊臣秀吉は実子の秀頼を後継者にしたくて、それまで後継者にしようとしていた秀次を処罰する事にしました。しかし、その処罰の対象者は秀次だけにとどまらず、妻になったばかりの駒姫を処罰する事になったのです。

若き駒姫は、秀次が切腹した後に側室として上方に到着したにも関わらず、秀吉は秀次に媚びを売ろうとしていた最上家に嫌悪感を抱いていたのです。そのため、三成が駒姫の助命嘆願をしても聞き入れられなかったのです。

この秀次事件によって、豊臣は数少ない身内を減らして、多くの大名に敵意を抱かせるという結果になりました。この一件に対して、小早川秀秋は、駒姫を助けるという約束だったのに、それを果たせない三成を叱責する事になってしまいました。

徳川家康の暗躍 (承)

豊臣家の瓦解は秀次事件だけにとどまらず、正室北政所の尾張派と側室淀君の近江派の対立も大きな影響を及ぼしていました。豊臣という名の泥舟を沈没から救うために、三成は島左近を自分の家臣として取り立てます。

そして秀次の側室駒姫を救い出そうとした初芽の命も救う事にしました。そのような必死の努力をしている三成でしたが、徳川家康が豊臣家を内部から崩壊させようと暗躍し始めたのです。

徳川家康は「馬鹿は馬鹿なりに使える」と考えて、三成に糾弾されようとしていた小早川秀秋を助けようと取りなそうとしてくれたのです。さらに朝鮮の戦で、三成と対立するようになっていた加藤清正たちに、石田三成の讒言ざんげんを吹聴していったのです。

巨星墜おつ(転)

豊臣秀吉は数多くの火種を残した状態で、遂に逝去しました。この機に乗じて、尾張派の加藤清正たちと、近江派の石田三成たちの対立は激化していき、三成は佐和山に蟄居ちっきょする事になりました。その間に徳川家康は権勢を欲しいままにしていき、遂に上杉討伐に出陣する事になったのです。

所が、石田三成は上杉景勝の軍師である直江兼続と密かに、徳川家康を東西から挟み撃ちにしようと密談をしていました。それは会津の上杉討伐に向かった徳川を背後から、攻めたてるもので、大阪と会津双方から攻撃をするという壮大な計画だったのです。

本来であれば、上杉の追撃を恐れて、家康は会津から動けないと三成はタカをくくっていました。しかし三成が挙兵した事を知った家康は、疾風迅雷しっぷうじんらいの速さで奥州から引き返して岐阜の大垣城近くまで到着したのです。

関ヶ原で宿命の決戦!(結)

徳川家康の巧みな戦術の前に、三成は関ヶ原で戦うしかないと決断します。そのため、夜討ちをするべきという島津の進言を退けた事で、禍根を残す事になったのです。関ヶ原で宿命の決戦が始まったら、なぜか三成と同じ西軍の小早川秀秋は、動こうとしませんでした。

実は、小早川秀秋は、徳川家康に寝返る手はずになっていたのです。しかし小早川秀秋は寝返るべきか悩み続けます。そのような時に島左近の使いの者が小早川の陣を訪れますが、小早川秀秋の家臣に斬られてしまうのです。

そして小早川秀秋の大軍は怒涛のごとく、西軍の大谷吉継の隊を急襲。西軍は一気に総崩れとなります。三成は、正義が不義に負ける訳にはいかないと思っていたのに、ここで戦いは決しました。はたして、石田三成や豊臣は、この後どうなってしまうのでしょうか?

『関ヶ原』の豆知識

小早川秀秋の苦悩

引用:http://eiga.com/movie/85453/gallery/3/

関ヶ原の合戦における石田三成に関連する豆知識をいくつか紹介するので、あまり石田三成を知らない方は、ご覧になってみて下さい。

石田三成と徳川家康の違い

石田三成は正義を重んじる武将で理想主義な所がありますが、それに対して徳川家康は野心家であり合理主義者です。しかし戦国時代に野心を持つ事は特におかしな事ではなく、石田三成のほうが珍しい武将と言えるでしょう。

石田三成は勝ち方にこだわって徳川軍を急襲しないで関ヶ原で戦う事になりますが、徳川家康は勝つためなら手段を選ばない性格です。

そして石田三成がじっくりと指揮を取るのに対して、徳川家康の素早い行軍は、対照的な差がありました。ここまで対照的な大将同士が戦う合戦というのも珍しいでしょう(西軍の総大将は毛利ですが、実質の大将は石田三成という意味)。

石田三成の指揮

関ヶ原の合戦は、戦下手の石田三成が、無謀にも徳川家康に戦いを挑んだというのが、通説になっています。所が、戦が始まってみると、実際に動いている兵士の数は少なかったのに、徳川軍を相手に石田・島・大谷・宇喜多たちは善戦をしていたのです。

そして、いつまでも動こうとしない小早川秀秋に、業を煮やした徳川家康は鉄砲で催促する事になります。しかし、この行動は一歩間違えれば、小早川勢が徳川の陣を急襲する危険をはらんでいたので、どちらが勝ってもおかしくない戦だったのです。

戦果の乏しい鶴翼の陣 

戦下手と思われていた石田三成は、東軍を包み込むような鶴翼の陣を敷きます。この陣形は決して悪いものではありませんが、戦果の乏しいものでもあったのです。なぜなら川中島の合戦で、武田信玄は鶴翼の陣を敷きますが、弟の信繁や軍師の山本勘助を討ち死にさせてしまいます。

さらに三方ヶ原の戦いでも、徳川家康が鶴翼の陣を敷きますが、ここでも武田の猛攻の前に命からがら浜松の城へ撤退するのです。どの戦も兵の数で負けていたので、仕方ないと言えば、仕方ないのですが、あまり戦果を挙げられていない陣形なのです。

関ヶ原の合戦でも、実際に動いている兵士で言えば、西軍は圧倒的に少なかったので、石田三成が敗北したのは仕方のない所がありました。あえて言えば、正義にこだわりすぎた石田三成が、徳川家康の謀略の前に負けたという事なのでしょう。

『関ヶ原』の感想

関ヶ原のキャストの画像

引用:http://eiga.com/movie/85453/gallery/3/

この映画『関ヶ原』は、歴史映画好きの私としては、ツッコミどころ満載の作品でした。そこで、どのような映画だったのか?私が見た感想を紹介するので参考にしてみて下さい。

関ヶ原の残念な所

関ヶ原で、最も残念な所だったのは、タイトルで『関ヶ原』となっているのに、実際に関ヶ原の合戦のシーンは、わずか40分程度です。全体の時間が149分なので、わずか3分の1強の割合でしかありません。

そのため、予告で見た時には面白そうな映画だと思ったのですが、厳しい言葉になりますが、これは期待はずれだったなぁというのが本音でしたね。一番ひどかったのが、小早川勢が大谷に急襲するシーンが、ほぼカットされている所でした。

あの名場面をカットするなら、初芽にあれだけの時間を使うのは、納得できない所でしたね。

関ヶ原の見所

この映画では、島左近・豊臣秀吉・小早川秀秋など適役と思えるキャストがあったのは、大きな見所でした。そして、最近では関ヶ原だけを扱った作品が出ていなかったので、その辺りも良かったですね。

ただし、これであれば、1981年に放映されたテレビドラマ『関ヶ原』のほうが面白かったかなと思いました。そのため、次に関ヶ原を題材にした作品が出る時は、今回よりも合戦に力を入れて欲しいです。