『三国志スリーキングダム 第7部 危急存亡』のストーリーや名言

三国志スリーキングダムの『第7部 天下三分』では、諸葛亮が無謀と分かりながら、先帝(劉備)の志を引き継ぎ、魏を討つために北伐を何回も起こそうとします。そこで、第7部を詳しく知らない方のために、そのストーリーや名言を紹介しましょう(内部リンクをクリックしたら、ストーリーや、名言の意味を詳しく知る事ができます)。

『第84話 出師の表』

www.akira-blog.com魏は、劉備が亡くなった事を好機と考えて、魏・呉・異民族による連合軍で、5路より蜀へ侵攻しようと企みます。しかし、4路の魏・異民族による連合軍は撃退されてしまって、呉は馬謖の説得により蜀と同盟を組む事にしました。

魏の曹丕は、大敗した事は呉が戦わなかったからだと考えて、呉へ進撃しますが、再び大敗。曹丕は敗戦による落胆と病状が重なってしまって、病没。

今度は、蜀の諸葛亮が今こそ魏を征伐する好機と考えて、主君 劉禅にかの有名な『出師表』を上奏して、北伐しようとします。その出師表には、どのような事が書かれていたのでしょうか?

第84話の名言:出師の表

『第85話 罵って王朗を殺す』

www.akira-blog.com魏は、諸葛亮が大軍で出撃してきた事にあわてふためきます。曹真は諸葛亮を恐れて出陣する事をためらいますが、王朗に押し切られる形で出陣する事にしました。

魏の王朗は諸葛亮と対峙した時に舌戦を繰り広げようとしますが、諸葛亮のあまりの汚い罵り方に憤死してしまったのです。はたして、諸葛亮はどのように罵ったのでしょうか?

第85話の名言:なし

『第86話 空城の計』

www.akira-blog.com劉備は、亡くなる前に「馬謖は大言壮語するから、大事を任せてはいけない」と、諸葛亮に忠告していました。しかし、諸葛亮は、司馬懿が魏軍の指揮をする事になった時に、重要な拠点『街亭』を馬謖に守らせようとします。

諸葛亮は、馬謖に「五叉路に陣を敷くように」と厳命していましたが、馬謖は街亭に着いたら、副将 王平の反対を押し切って山頂に陣を敷いてしまったのです。王平は仕方なく、蜀軍の陣営を描いた絵図を諸葛亮に送る事にしました。

諸葛亮は、それを見て「馬謖は能無しだ」と憤慨してしまいますが、馬謖は街亭を守りきる事ができるのでしょうか?

第86話の名言:空城の計

『第87話 泣いて馬謖を斬る』

www.akira-blog.com馬謖は、諸葛亮の命令を守らなかったせいで、魏軍に大敗してしまいます。蜀軍は苦しい撤退を余儀なくされて、司馬懿は西城に押し寄せてきました。しかし、諸葛亮は空城の計で司馬懿を撤退させた後に、蜀軍も撤退していきました。

諸葛亮は、馬謖を呼び寄せて、全ての責任はお前の軍律違反にあると断罪して、処刑。魏の司馬懿は凱旋していましたが、なぜか曹叡によって軟禁されてしまったのです。なぜ蜀軍を撃退した司馬懿が、軟禁される事になったのでしょうか?

第87話の名言:泣いて馬謖を斬る

『第88話 曹真、兵権を譲る』

www.akira-blog.com呉は、魏に偽装投降をしかけて、陸遜によって魏軍は大敗してしまいます。魏の曹休はその悔しさで憤死。諸葛亮は、魏軍が疲弊していると考えて、再び北伐を起こそうとします。

ところが、姜維によって趙雲が病死してしまった事を知らされてしまいました。趙雲は最後に悲痛な遺言を残していましたが、その内容とは?

第88話の名言:なし

『第89話 司馬仲達、計にあたる』

www.akira-blog.com蜀は、魏の領土の3分の1程度の勢力しかありませんでしたが、諸葛亮のもとでほぼ一致団結していました。それに引き換え、魏軍では曹真と司馬懿の間で激しい派閥争いが起きるようになっていたのです。

その醜い争いは、国家よりも優先するほどになっていましたが、それはどれほどの争いだったのでしょうか?

第89話の名言:なし

『第90話 曹真、敵を軽んじる』

www.akira-blog.com曹真は、魏軍を指揮していましたが、相手が諸葛亮では苦戦して、敗走中に落馬した怪我が原因で亡くなってしまいます。曹叡は、ついに司馬懿を魏の全軍の指揮を任せる事にします。

これによって、司馬懿と諸葛亮は正面切って全面対決となりますが、両者は嫌味を応酬する事になります。その嫌味とは、どのようなものだったのでしょうか?

第90話の名言:蟷螂の斧

『第91話 諸葛亮、軍を返す』 

www.akira-blog.com諸葛亮は、司馬懿と陣立てを競い合って、魏軍を撃退します。さらに諸葛亮は、魏軍の先鋒の大将を生け捕って、司馬懿を挑発してしまうのです。司馬懿は、諸葛亮の挑発に乗ってしまって、蜀軍へ突撃していきますが、完敗してしまいます。

ところが、諸葛亮は、劉禅の重臣たちから謀反を疑われてしまって帰国させられてしまうのです。なぜ、同じ劉禅の重臣たちから、諸葛亮は疑われるようになったのでしょうか?

第91話の名言:一言既に出ずれば駟馬も追い難し

『第92話 木牛流馬』 

www.akira-blog.com諸葛亮は、すっかりと年老いてしまいますが、それでも北伐を起こそうとします。劉禅は諸葛亮を見送りますが、その年老いた姿に「もう丞相と会えないかもしれない」と悲嘆にくれてしまいます。

蜀軍は、険しい道を通らなければ北伐する事ができないので、いつも兵糧の確保に悩まされてきました。そこで、諸葛亮は兵糧が尽きる前に司馬懿を挑発しようとしますが、何と司馬懿は宿敵である諸葛亮に忠告するのです。なぜ、司馬懿は宿敵に忠告しようとしたのでしょうか?

第92話の名言:座して死を待つよりは、出て活路を見出さん

『第93話 上方谷の火、消える』

www.akira-blog.com諸葛亮は、兵糧が尽きようとしたので、魏軍の兵糧を奪います。これに魏の曹叡は激怒して、司馬懿に対して「蜀に勝つ事ができなければ処罰する」と命じます。進退極まった司馬懿は、蜀軍の兵糧を奪うために、諸葛亮の本陣を攻めるとみせかけて、上方谷の陣に突撃します。

しかし、それこそ諸葛亮の狙っていた事で、魏軍が陣に入った所で蜀軍の火攻めにあいます。陣の出口は蜀軍によって完全に封鎖されていて、司馬懿たちはこのまま焼け死ぬか、蜀軍の弓矢で射抜かれるのを待つのみでした。

諸葛亮は勝利を確信して「たとえ天であっても、司馬懿を助ける事は無理であろう」と勝ち誇りますが、はたして司馬懿はこのまま命を落としてしまうのでしょうか?

第93話の名言:なし

『第94話 星落ち、五丈原に逝く』

www.akira-blog.com諸葛亮は、あと一歩という所で、司馬懿を逃してしまって、憤慨して吐血してしまいます。やがて諸葛亮の病状は重くなっていきますが、その変化を見逃さない男がいました。それが魏の司馬懿です。

司馬懿は、天文を見て、近いうちに諸葛亮が亡くなるものと予測していました。そして蜀軍が撤退していき、蜀の陣では葬儀を行った形跡があったので司馬懿は諸葛亮の死を確信。ところが、司馬懿が追撃していったら、そこには亡くなったものと思っていた諸葛亮が出現。

これにあわてふためた司馬懿が撤退していきますが、それが諸葛亮の計だと知って駄々っ子のように悔しやがるのです。はたして諸葛亮は、司馬懿にどのような計略を使ったのでしょうか?

第94話の名言:死せる孔明、生ける仲達を走らす

『第95話 司馬氏、天下を統一す』

www.akira-blog.com蜀は諸葛亮という大黒柱を失ってしまいますが、魏でも二代皇帝 曹叡が病没。しかし、魏では曹真の息子 曹爽と司馬懿が激しい派閥争いを起こすようになります。

そこで司馬懿は曹爽をあざむいて、魏の朝政を支配しようとします。はたして、司馬懿はどのようにして曹爽をあざむいたのでしょうか?

第95話の名言:なし

『三国志スリーキングダム 第7部 危急存亡』のまとめ

三国志スリーキングダムの第7部は、蜀と魏の全面戦争を中心に描かれたので、呉が登場するシーンはあまりにも少なかったです。そのような不満な点もありますが、諸葛亮が勝ち目のない魏との戦いに挑むシーンは、悲壮感がただよっていました。

座して死を待つよりは……という考えを持つ事は、長い歴史の中でよくある話ですが、最後に勝つ英雄は司馬懿や徳川家康のように、最後の最後まで好機を待ち続ける英雄のほうが多いですね。

劉邦のように蜀から出撃して、楚の項羽を撃破する例もありますが、やはり客観的に見て、諸葛亮の天下三分の計が失敗したと言えるでしょうね。

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